9年前のレースゲームのタイムアタック記録が、9月2日に一斉に紙くずになった。誰かがチートを見つけたわけでも、サーバーが壊れたわけでもない。任天堂が『マリオカート8 デラックス』に配信した更新データVer.4.0.0が、全キャラクターの走行スピードを「コイン1枚分」だけ引き上げたからだ。
たったコイン1枚。それだけで、この5年間に積み上げられた世界記録は全部、別のゲームのタイムになった。
コイン1枚分の加速が、5年分のタイムを丸ごと無効にした
『マリオカート8 デラックス』では、コインを拾うたびに最高速度がわずかに上がる。最大10枚まで積める仕様で、1枚あたりの上昇幅は体感できないほど小さい。今回のアップデートは、その1枚分をレース開始時点で全員に配ったということになる。
秒に直せば微差だ。ところがタイムアタックの世界では、0.01秒単位で数年かけて削られてきた記録が並んでいる。土台の速度が動けば、その全部が比較不能になるのは当然ね。GamesRadar+は、直近5年のワールドレコードが今回の調整で事実上リセットされたと伝えており、SNS上でも記録保持者の悲鳴が並んだ。
もっとも、速い車を全員が手に入れたわけだから、走り込む側にとっては新しい記録表が白紙で配られたのと同じでもある。9年目のソフトに、もう一度全員でゼロから競争する理由ができた。任天堂が意図してやったのなら、なかなか意地が悪くて、そして上手い。

本体1台で8人分割、必要なコントローラーは7個以上
ただし今回の目玉は速度ではない。Nintendo Switch 2を1台用意すれば、画面を8分割して8人が同時に走れるようになった。据置機の分割画面が4人で止まっていた時代を考えると、ここは素直に褒めていい。
条件はそれなりに重い。8人でやるにはコントローラーが7個以上必要で、8人目にはJoy-Con 2かSwitch 2 Proコントローラーが少なくとも1つ要る。手持ちのJoy-Conをかき集めて足りるかどうかは家庭によるだろうし、そもそも1画面を8分割したら1人あたりの表示領域は相当狭い。
それでも、8つのレース視点を同時に描き続けるのは処理としてかなり無茶な要求だ。GameSpotはこの8分割を、動いているところを見るだけで技術的に見応えがあると評している。旧世代機では物理的に不可能だった遊びが、無料の更新データとして降ってきたわけね。
実際に8分割で走っている映像がこれで、1人分の画面がどれくらい小さくなるかも含めて確認できる。なお任天堂はこのアップデートに合わせた公式映像を出しておらず、動いている8分割を見るには現状こうした実機撮影に頼るしかない。
映像面も手が入った。任天堂公式のサポートページは、今回の更新で「Nintendo Switch 2 のディスプレイや解像度の高いテレビに対応し、よりくっきりとした表示になりました」と説明している。Nintendo Lifeが取り上げた比較映像では、Switch 2で据置時2160p・携帯時1080pの60fps動作という計測結果が示されており、レース前とバトル前のロード時間も短縮された。別売USBカメラを使う「カメラプレイ」に対応し、コース追加パス所有者向けには全96コースを連戦する「96レース」ルールも増えている。
ゼルダは9.99ドル、カービィは19.99ドル、マリオカート8DXは0ドル
ここが引っかかる。任天堂はSwitch 2向けの強化版を、これまで有料で売ってきたからだ。
『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』と『ティアーズ オブ ザ キングダム』のアップグレードパックは9.99ドル、『星のカービィ ディスカバリー』と『スーパー マリオパーティ ジャンボリー』は19.99ドル、『あつまれ どうぶつの森』でも4.99ドルを取る。解像度とフレームレートが上がるだけのものに値札を付けておいて、8人分割とカメラ対応という明確な新機能を積んだ『マリオカート8 デラックス』は0ドルというのは、値付けの基準がどこにあるのか分からない。

好意的に読むなら、9年間売れ続けたソフトへの恩返しだ。冷めた見方をすれば、Switch 2本体を買った人に「持っているソフトが勝手に良くなる」体験を配って、乗り換えを後押ししたいということになる。『ウィッチャー3』のリマスターが無料配布された件と同じで、旧作の無料強化は今や新規ハードを売るための道具になっている。
7153万本の旧作が、看板であるはずの新作の前に立ちはだかっている
数字を見れば、任天堂がこのソフトを手放したくない理由は分かる。同社のIR資料によると『マリオカート8 デラックス』の販売本数は2026年6月30日時点で7153万本。Switch向けソフトの首位で、2位の『あつまれ どうぶつの森』の5029万本を2000万本以上引き離している。2014年にWii Uで出た『マリオカート8』の焼き直しが、いまだにこの位置にいるわけだ。
問題は、Switch 2には『マリオカート ワールド』という新しい看板があることね。79.99ドルという強気の値札を付けて本体と同時に出た最新作の隣で、9年前の移植版が無料で8人分割を手に入れた。GameSpotは、ワールド側のコンテンツ量の乏しさが発売から続いていると指摘しており、任天堂が旧作を磨き直したことでその対比はいっそう際立つ。
9月には各社の発表が集中しているほか、任天堂の新しいDirectが控えているという噂も流れている(現時点で未確認)。そこで『マリオカート ワールド』の大型追加が出てくるなら、今回の旧作強化は前座として筋が通る。逆に何も出てこなければ、任天堂は79.99ドルの新作より9年前の移植版のほうを手厚く扱ったことになる。
任天堂は今回のアップデートについて、なぜこの時期に、なぜ無料で、なぜ8人なのかを一切説明していない。7153万本を抱えた旧作をここまで作り直す動機が何だったのかは、更新データの中身をいくら読んでも書いていない。
出典
- 任天堂サポート「マリオカート8 デラックス 更新データVer. 4.0.0」
- Nintendo UK「Free update now available for Mario Kart 8 Deluxe」
- Nintendo Life「Mario Kart 8 Deluxe Has Been Updated To Version 4.0.0」
- Gematsu「Mario Kart 8 Deluxe version 4.0.0 update now available」
- GamesRadar+「Mario Kart 8’s surprise Switch 2 update makes everyone faster」
- GameSpot「Mario Kart 8 Deluxe Just Got A Surprise Free Update With 8-Player Split-Screen」
- 任天堂IR「Top Selling Title Sales Units – Nintendo Switch Software」